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白樺斎場に飾ってある絵に癒されました ![]() ![]() ![]() #
by denseikan
| 2019-11-09 15:14
| 中標津が輝いた日
推理ドキュメンタリー リンドバーグが根室原野に見たものは・・・ リンドバーグ夫妻は、水上機型に改造した高速機ロッキードシリウスで、昭和6年8月、ニューヨークから東京、中国の南京に向かうため、最短距離となる航路を飛行していた。パンアメリカン航空が支援する北太平洋航路調査飛行である。もちろん軍人の肩書でもあり、軍事的な調査が本来の目的であることは言うまでもない。 アラスカを出発し、最難関の千島列島では霧の中の冒険飛行であり、根室無線局JOCや日本海軍の新知丸の支援を受けた。 不時着した択捉島の紗那でも島民の大歓迎を受け、再度根室への着水を試みたが、濃霧にはばまれ、雲間から見える湖に不時着水した。現地の人に地図をみせ、そこが国後島の東沸湖であることがわかった。 8月24日 月曜日の朝、快晴の中、島民の見送りを受けて出発した。3回目の根室への挑戦は素晴らしい天候に恵まれた。 上昇して視界が広がると後席の妻アンが歓声を上げた。海峡の向こうには知床半島の大風景が広がっている。そして、果てしなく広がる原野が見えてきた。 今回の調査飛行の目的である北太平洋航路にとっては、最も重要な飛行場の候補地である。米国に最も近く、地形、位置、気象状態のどれをとっても申し分の無い地域が眼前にある。 原野の中央を流れる川(標津川)が見える。整備された農地と、中央に塔のある洋館(農事試験場根室支場・現在の伝成館)がある。教会のようにも見えたことだろう。近くにある学校(中標津尋常小学校)の校庭では子どもたちが、上を見て手を振っている。(当時の体験者の証言あり) 開拓地の幸せな風景を眺めながら根室の方向に進路をとる。 後席からアンがその様子を見ていたにちがいない。操縦するリンドバーグは苦悩の表情を浮かべている。 この地域には太平洋の軸となる大空港、そして巨大な軍事施設ができる可能性があることを直観したのだ。 ハワイにも近く、中国本土や朝鮮半島への飛行にとっても最適な位置である。ソ連のスターリンは港と海を求め、米国は空と空港を確保するために、早い時期に占領工作を始めることが容易に想像できる。 日本が朝鮮半島や満州、さらに南方へと勢力を広げている中で、先手を打つためには、もし、開戦となれば、一気に攻め込む目標がこの地域になることであろう。 (現に、この数年後、日本の陸軍、海軍は、 出迎えの複葉機もあり、無事に根室港沖に着水した。港に近づくと小旗をふる子どもたちの姿が見える。予想を超えるたくさんの人々が歓迎してくれている。 歓迎会の宴席に向かう前に、二美喜旅館で一息入れる。その時に妻アンに向かって決意を語った。 「この地域に関する報告は、一切しないことにしようと思っている。手記の中でも国後島出発後、北海道から東京の間の出来事は書かないように・・・。」 「どうして?」といぶかしがる妻に、「もし、事実そのままを報告したら、この地域は、米国の対日本戦略計画「オレンジ・プロジェクト」の中での、中心的な攻撃目標になってしまうよ。」と説明し、アンの表情も硬いものになった。 手記「North to the Orient」の中では、国後島出発の瞬間の、次のぺージは、突然、アンの思い出や日本文化の話に数ページを費やし、後は大阪からの出発時の出来事になっている。 あれほど世界中が注目していた根室での歓迎風景や無線通信局訪問についても一言も触れていない。根室原野の景観や立地条件が推測できるような具体的なことが、あえて書かれていない。 リンドバーグは日米開戦には絶対に反対の立場であり、開戦3カ月前の演説の中でも当時の政権、大統領を強く批判している。 そして、結局、日本軍による択捉島からのハワイ奇襲作戦が行われた。 北太平洋、アリューシャンでは、悪天候の中で、米軍、英軍が苦戦し、キスカ島での日本軍の作戦が成功し、軍用犬を残して日本兵全員が濃霧にまぎれて脱出した後で、米、英軍が同士討ちをする様な状況であった。 太平洋戦争末期に日本各地が受けたグアムやテニアンからのB29による大規模な爆撃も、北海道までは航続距離が届かず、原爆投下も西日本、九州がターゲットとなった。 北海道への2日間の艦砲射撃や艦載機による攻撃はあったものの、上陸作戦は沖縄に対して行われ、悲惨な状況となった。 リンドバーグは軍人でありながらも、米、豪軍の日本兵に対する虐殺、拷問の実態を記録するなど、日本人にとってはかけがえのない人物であったことが、やっとわかってきた・・・と思えてならない。
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by denseikan
| 2019-09-22 09:42
| Google Earth
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by denseikan
| 2019-09-20 13:54
| かたりべ談義
令和元年、タヲロマプの丘「一条坂」の階段の両側の花々が満開になりました。 ここは中標津の市街でも一番の歴史的な場所です。 「農試の坂」と呼ぶ人もいます。大通りの坂が斜めに通っています。 大正から昭和初期までは殖民軌道の線路が大きく迂回して通っていました。 厚床からガソリンカーの客車に乗って来て、奥地原野の街の灯りに感動したという話も伺いました。 殖民地区画の24線、市街地区画では旧一条通り(現在の東1条)です。 本通りとの交差点は「中央十字街」、その向こうには、かつて木橋がありました。 昭和35年3月の融雪時の洪水で流され、殉職者が出たことを覚えている方も多いと思います。 鉄道があった時代には、駅から この坂を登って農業試験場に来る道でした。 今でもバスターミナルから大きなバッグを引きずって登ってくる人が、たまにはいますし、 学生の通学路としても定着してきたようです。 ![]() ![]() ![]()
河岸段丘の上から眺める夕日は、中標津でも指折りの風景です。 あの松浦武四郎も安政5年(1858年)5月にここを通りました。 タヲリマフの小休所の近くでつぶやいた言葉が「志辺都誌」に記録されています。 この崖の上にて風景よろし ![]() ![]() ![]() ![]() 左側の坂が、まさにこの坂なのではないかと・・・調査は続く #
by denseikan
| 2019-08-21 17:11
| NPO Diary
![]() 択捉島の散布山、山頂にコブが二つある特徴的な山です。 そのちょうど中間を通る線が、根釧台地の格子状防風林の基線なのです。 最近、この山の麓の近くに新空港ができました。 ただし、350kmを離れているので、水平線の向こうであり、相当高度をとらないと直接見ることはできません。 したがって、工事の際の目印とかに使用することはできないわけで、単なる偶然なのか、明治時代の役人が、遠大な開拓計画を構想しての結果なのかは確証はありませんが、北海道遺産の格子状防風林の隠れた話題としては、もっとも壮大なものとして紹介したいと思います。
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by denseikan
| 2019-05-14 15:58
| Google Earth
https://youtu.be/YoYgM-od0Qs
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by denseikan
| 2018-11-10 14:04
| Google Earth
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